稲葉篤紀の右頬が黒い原因は?あざ,ひげ,太田母斑?なぜ治さない?

プロ野球選手

稲葉篤紀さんの右には黒いあざがあります。

なぜできてしまったのでしょうか?野球選手ですから、デッドボールであざになってしまったのでしょうか?

結論としては太田母斑(おおたぼはん)というあざなのだそうです。

では、詳しく見ていきましょう。


稲葉篤紀の右頬は黒い

上記の画像でわかるように、稲葉篤紀さんの右頬が黒いですよね。

これなんだろうな、と疑問に思う方が多いのではないでしょうか。

稲葉篤紀さんが書いた書籍『HOP STEP 稲葉JUMP!』に書かれています。

怪我や病気ではないそうなのです。

幼い頃から少しずつ黒ずみ、高校生ぐらいには他人が見てもわかるほどの黒さになったそうなのです。

(梨田昌孝監督)

稲葉篤紀さんは気にされていないそうなのですが、梨田昌孝監督が紹介した皮膚科に何度か通院したそうなのです。

自分の見た目を気にする年齢でしょうしかわいそうですね。

稲葉篤紀が右頬のあざを消さない理由

次のような疑問を持ったファンの方がいました。

日ハムの稲葉の右頬にあるあざみたいなのってヤクルト時代に顔面にデッドボールが当たったて残ってるんですか?

この疑問に対して一般の方が次のように回答しています。

いいえ、「昔からあって、正確な原因は分からない」そうです。

生まれつきあざがあって、子供の頃はあざも小さかったのですが、だんだんと大きくなったようです。

一説には「母親の胎内にいるときに胎盤とくっついてしまい、あざになってしまったけど、『母親とつながっていた証だから』消さない」とも言われていますが、稲葉選手本人も実は原因を知らない、というのが真相のようです。

上記に『母親とつながっていた証だから』消さないとありますが、もう1つ消さない理由があるのだそうです。

「顔にコンプレックスがある方々に堂々として欲しい」

これは同じ症状の方を勇気づけられますね。

母親とつながってた証だとしてもあれだけ目立つなら私だったら消しますね。

名称としては「太田母斑」と言うそうなのですが、次で詳しく見ていきましょう。

稲葉篤紀の右頬のあざは太田母斑

本文の最初でも述べましたが、稲葉篤紀さんの右頬のあざは結局のところ太田母斑なのだそうです。

そもそも太田母斑とはどのようなものなのでしょうか。

太田母斑(おおたぼはん)は、字のごとく、青色からやや褐色の小さい点が集まって斑(はん)をつくっています。

大抵、次の部分にできます。

  • 目の周り
  • 眼球にも青色の色素沈着
  • 片方の頬か両方の頬

赤ちゃんの頃は、白目の部分や、鼻の中、口の中にできる可能性もあります。

日本人に多く、特に、女性に多く見られます。

太田母斑ができるメカニズムとしては、母親のお腹にいるときに胎盤にくっついてしまい、その名残でできるそうなのです。

あざは、生まれたときから目立つのではなく、生まれた後に徐々に濃くなるそうです。

色が薄くても自然に消えないので、消すためには、レーザーで焼くことや切り取るなどの治療が必要になります。
現在の医療技術であれば目立たないように消せるそうです。

肩から上腕にかけてあざができる場合もあり、これを伊東母斑(いとうぼはん)と言うそうです。

稲葉篤紀の右頬のあざが消えた?

たまにですが、稲葉篤紀さんの右頬のあざが消えている写真があります。それはなぜなのでしょうか?

上記の写真をみるとほとんどあざはわかりませんね。

髭の剃りあとのようにも見えてしまいます。

治療したのではないか、と思う方もおられるようです。

種明かしをすると、これは、メイクによって頬のあざを薄くしているのだそうです。

雑誌やテレビ出演では、顔にメイクをすることがあり、それであざが薄く見えるのです。

コンプレックスがある人のために稲葉篤紀さんは治療しないと言っているくらいですから、そう簡単には消さないでしょう。

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