麻木久仁子の乳がんのステージは?病院はどこ?脳梗塞も患っていた。顔が変わった?

今回は、タレントの麻木久仁子さんの病気について見ていきたいと思います。

乳がんをステージ0で発見・治療

麻木久仁子さんは乳がんでした。しかし、一番初期のステージ0で発見できたそうです。まさに、早期発見ですね。

ステージ0とはどういったものなのか見ていきましょう。

ステージ0

がんのステージ0とはがん細胞が上皮(身体や臓器の表面あるいは内腔などをおおう組織:消化管では粘膜)内にとどまっており、リンパ節に転移はしていない非浸潤性乳がんのことで、当然ですがステージⅠより初期になります。

非浸潤性乳がんとは、浸潤性乳がんが転移性の強い癌なのとは対照的に、転移性の低い癌のことを意味しているのです。

これはガンですが、まだ転移できないほどの直しやすい状態ということなのですね。

全国が涙した小林麻央さんの死去・・・小林麻央さんは肺や骨に転移した、まさに浸潤性乳がんでした

がんの転移は恐ろしいですね。早期発見が大事だということですね。

早期発見はカリスマ院長のおかげ

ではどこの病院で乳がんがステージ0で早期発見できたのでしょうか。

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麻木久仁子さんの手術や治療は済んでいるので、病院が公開されています。

東京都内の平松レディースクリニック 平松 秀子院長です。

乳がんを見つける天才と言われているそうです。

経歴を見ても、慶應義塾大学やハーバード大学などを出て、かなりの努力をされたことがわかります。

早期発見の経緯

麻木久仁子さんの闘病生活は乳がんが最初ではありませんでした。

最初は2010年に脳梗塞・・・そしてその後の2012年8月人間ドックで偶然 ステージ0の乳がんが発見されたのです。

右乳房に黒っぽい影が映っていたため、国立がん研究センターで再検査。10月に切除手術を受けたが、その際、左胸にも腫瘍が発見されたため、11月に再手術していた。

どんな病気にかかっているかわからないものですから、検査は定期的に受けるものですね

麻木久仁子さんの場合は、非浸潤性乳がんの状態で発見できましたが、もっと発見が遅ければ浸潤性乳がんに変化した後で発見することも考えられました。

まさに平松秀子院長のカリスマ性で早期発見に繋げられたのでした。

左右の乳房のがんを罹患した麻木は、「これから50歳になるという時期にたまたま受けた乳がん検査で見つかった。胸は小さいので関係ないと思っていた。自覚症状もなかった」と突然のがん宣告に大きなショックを受けたという。

もっとも、乳がんは胸の大きさに関係なく、女性が一番なりやすいがんで、番組では「乳がん患者の1パーセントには男性もいる」とも伝えた。

胸の大きさに関係なく、男性にも乳がんになる可能性があるんですね。これは誰にでも乳がんの可能性があるということを物語っていて、みんなで気をつける必要があるということですね。

乳がん手術・回復

平松秀子院長のおかげで乳がんを発見できたのですが、実際の手術は「国立がん研究センター」で行われました。

平松秀子院長が紹介状を書いてくれたんですね。

早期発見ができれば摘出手術ですね。手術はそれ専門の病院で行われました。

乳がんの手術には部分摘出と全摘出手術がありますが、麻木久仁子さんが行ったのは部分摘出手術

摘出範囲は1.5センチ~1.7センチほど。

麻木は乳房にしこりができる前の早期で分かったが、それでも担当医からはがん切除を言い渡された。左右乳房の患部は乳輪の近くにあったため、「目立たないように乳輪に沿って切れ目を入れてくれて、患部を取り除いて中を抜いたので形は少し小さく凹んだりはしているが、見た目は目立たないようにしてくれた」と手術を振り返った。

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当時の気持ちについては、「乳房を切るってどこまで切るんだろうと不安になった。自分のバストは、きれいな大きなバストじゃないから、自分では愛着あるとは思っていなかった。傷が付きますと言われると、大事になっちゃって失いたくないなと」と女心をのぞかせた。

胸は女性のシンボルとも言える部分ですから、不安や戸惑いはあったのですね。誰でも体に傷は付けたくないものです。

その後、放射線治療も行った麻木久仁子さんですが、現在はホルモン治療のみ継続しているようです。

今はホルモン治療を継続しながらタレント業を復活しています。

また、麻木久仁子さんの活躍が見れることは嬉しいことですね。

麻木は「乳がんが、すごく初期の段階で発見できたので、5年間のホルモン治療が無事に終わって、去年2017年の11月に治療経過がすべて終了することができました。主治医の先生にも『おめでとうございます』と言っていただけました」とにっこり。

ステージ0の早期発見であっても治療は5年間も続いたのですね。お疲れ様でした。回復してよかったですね。

闘病生活

麻木久仁子さんの闘病生活は次のようなものだったそうです。

手術、放射線治療、ホルモン療法を続けて、まもなく当初の治療計画を終了します。この5年は、治療の5年であると同時に、がんについて学ぶ5年でした。

放射線治療では、左右に30回ずつ合計60回照射しました。毎日通って、少しずつ放射線を当てていくのです。

私のがんは、ホルモン療法が有効なタイプでした。一日1回、飲むだけですが、5年間続けます

5年という治療は長かったでしょうね。

顔が変わった激ヤセ画像

麻木久仁子さんの顔が変わった激ヤセという噂が流れています。

乳がんという大病をし、5年間の闘病生活だったそうですから、それなりに顔や体型にも変化が見られるのは仕方がないですね。

ホルモン治療をしたこともあって、体のホルモンバランスが崩れて何らかの症状がでてしまうのは否めませんね。

その他、ネット上では次のような口コミがありました。

僕の母も今年で5年目ですが、
この間ですが5年を無事に迎えました!!!!
今、こうしてる間もガンと戦っている人達が
いると思うと胸がとても痛みます!!!!!
たとえ、それが知人でなくてもです…。

私も乳癌になりましたが今は医学が進み特に私の場合海外でしましたが僅か50分で終わりました。とくに局部麻酔だけで麻酔していない所までメスを入れられましたがやはり早期発見でしょう。

麻木久仁子の一度ついた浮気のイメージは改善出来ないけど、病気は治せるから頑張って欲しい。
人生一度きりだから周りのイメージを気にしないで生きたい様に生きてください。

先日、知り合いの方で、がんで亡くなられた方がいました。まだ40代だった。乳がんを発症し、それがあっという間に進行し、リンパ節や脊髄に転移。若いがために進行も早く最後まで頑張ったが、命を落とされてしまった。
再発しないように定期健診などはきちんと受けて欲しいです。

かなり前向きなコメントが目立ちますね。やはり早期発見は大事で定期的な検診が大切だということですね。

麻木久仁子さんは「もっとも乳がんは、7年、8年、10年と、忘れた頃に再発することもあるそうで。定期検診は怠りなく」と注意は必要とのこと。それでも、節目となる5年が近づき、いままでを思い返し「病気してからこの数年、随分と考え方や生き方が変わった気がします」と告白。「病気ばかりではなく、年齢もあるのかな。50も半ばになりました。これから先、どんな歳の取り方をしていけばいいのか。できることなら穏やかに、明るく、可愛く」と決意をつづった。

今後も麻木久仁子さんの健康を願いたいですね。そして長く活躍していただきたいです。

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