石原詢子の結婚歴近況は?画像あり。年齢などのプロフィールは?

今回は演歌歌手の石原詢子さんについてまとめていきたいと思います。今年で50歳を迎える石原さんですが、巷では「カワイイ」「50に見えない」と話題となっております。

石原さんのプロフィールや結婚歴など気になる話題を掘り下げていきましょう。

プロフィール

では石原詢子さんのプロフィールについてみていきましょう。

名前 石原詢子 いしはらじゅんこ
本名 石原悦子 いしはらえつこ
出身地 岐阜県揖斐郡池田町
生年月日 1968年1月12日
身長 161cm
血液型 A型
学歴 岐阜県立揖斐高校
資格 詩吟揖水流師範代
所属 石原音楽事務所

趣味 絵画、歴史小説

好きな食べもの ラーメン、寿司

座右の銘 初心

なんと詩吟家元の生まれで詩吟師範代の資格をお持ちだそうです。若くして詩吟の指導もなさっていたそうですが、歌手の石川さゆりさんに憧れ、演歌歌手の道を目指したそうです。

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結婚歴と近況

さて、気になる結婚歴はというと…現在は独身だそうです。

新曲では叶わないと知りながら、遠くの男性を待ち続ける女性の一途な想いを歌うが、「私は後で傷つくのでできない。前を向かないと次に進めない」とポジティブ。プライベートでの“恋歌”には「どうでしょう。結婚しないといけないですけど」と笑った。

今まで歌や舞台に一筋で恋愛は二の次になってしまっていたのでしょうか。普段のファッションもキュートですし、まだまだチャンスはあるのかもしれませんね。

新曲は帰ってこない人を待ち続ける切ない女心を歌った曲で、「いつ帰って来てもきれいな自分を見てもらいたい思いで“化粧なおし”をしている…。私とはまるっきり正反対。歌の世界で演じられるのはとても楽しい」と笑顔。自身は「多少待ったとしても、この女性のように帰って来るか来ないか分からない人を待つタイプではない。わりとバッサリ切るタイプです」と“男前”な素顔を見せていた。

意外とサバサバしたタイプなのでしょうか?この潔さは逆に気持ちよくもあります。

好きな男性のタイプは、優しくて何事も一生懸命な人。芸能人では西田敏行をあげている。

好きな男性のタイプは一生懸命な人。西田敏行さんがタイプとは…意外ですね。

生い立ちから近況まで

昨年で歌手生活30周年を迎えた石原詢子さんですが、簡単に生い立ちから現在の活動までをまとめました。

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1968年

詩吟家元の家庭に生まれ、自身も4歳から詩吟を習い始める

早朝の発声練習、学校から帰宅後約4時間の練習を続け[1]、数々のコンクールで入賞。12歳で詩吟揖水(いすい)流師範代となり、指導も行っていた

一方で五木ひろしの大ファンだった母親の影響、石川さゆりへの憧れから歌手になる夢を抱きはじめる。しかし、石原を詩吟の跡取りにと考える父親に猛反対されていた

1986年

父親の提示した「①新聞配達をする②自活する③毎日実家に電話を入れる④20歳までにチャンスを掴めなければ実家に戻る」という条件のもと、高校卒業と同時に上京。新聞配達のほかにもアルバイトを掛け持ちして、歌や踊り、芝居のレッスンを受けていた

1988年10月

CBSソニーより「ホレました」でデビュー。キャッチフレーズは「演歌アイドル(演ドル)誕生」、衣装も着物ではなくミニスカートだった。王道の演歌を希望していたため、アイドル的な路線には違和感があった

1994年

「三日月情話」が第27回日本作詩大賞優秀作品賞を受賞

1995年

「夕霧海峡」がヒットし頭角を現した
同曲の発売日を挟んだ約2週のあいだに両親が相次いで死去。帰る場所をなくしたことで、歌手としての決意を新たにした

1997年

長山洋子の後任としてNHK『どんとこい民謡』の司会に抜擢

1998年

『コメディーお江戸でござる』に準レギュラー出演。娘役だけでなく、男役「詢吉」、タヌキ、天邪鬼などもコミカルに演じた

2000年
紅白に初出場「みれん酒」を披露

2003年
2度目の紅白出場「ふたり傘」を披露

2005年

ラジオ大阪冠番組「しあわせ演歌・石原詢子です」でパーソナリティーを務める

2007年

故郷である岐阜県の「飛騨・美濃観光大使」第1号に就任

2011年

初の自作詞シングル「逢いたい、今すぐあなたに・・・。」を発表。「母が生きた証を形に残したい」との思いから、作詞・作曲の際は母親の旧名をペンネームとして用いている

2017年

歌手デビュー30周年を迎える

デビューから現在までに37曲を発表しています。詩吟家元に生まれながら親の反対を押し切ってまで演歌歌手の道を目指したのですね。とてもその生き様が歌にも込められているような気がします。

上京当初は路上で寝ているホームレスや酔っ払いを見つけるたびに「大丈夫ですか?」と声を掛けていた

またこちらも石原詢子さんの状況当時のエピソード。東京の事情を知らなかったとは言え、優しい!

(ジムでのトレーニングについて)とても強い愛情を歌っていますので、身振りや手の動き、表情なども加えて表現していこうと思っているんですが、今はそれをどうしたらいいか考えている段階なので、ジムでウォーキング・マシンに乗りながら、手の動きを試したりしているんです。周りの方には、「変な人がいる!」なんて思われているかも知れません(笑)

最近はほぼ毎日。年齢と共に体力が落ちますし、体のキレもなくなってきますよね。この先まだ歌わせていただけるとすれば、観てよかった、聴いてよかったというステージをお届けしなければいけないと思いますから、体のことはとても考えるようになってきました

本当に努力家です。こういった日々の積み重ねが歌声に表れているんでしょうね。

以上、石原詢子さんについてのまとめでした。

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