生島ヒロシの兄弟は4人。長男・ヒロシ、長女・喜代美、次男・隆、末っ子・淳の関係

アナウンサーの生島ヒロシさんの兄弟は4人です。

年齢が上から、アナウンサーで長男の生島ヒロシさん、一般人で長女の喜代美さん、株式会社生島企画室の社長で次男の生島隆さん、スポーツジャーナリストで末っ子の生島淳さん

それぞれの関係についても含めてどのような方なのか見ていきましょう。


生島ヒロシ、長男でアナウンサー

 

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長男の生島ヒロシさんです。

  • 本名、生島 博
  • 1950年12月24日生まれ
  • 宮城県気仙沼市出身
  • TBSアナウンサー16期生、入社13年後の1989年3月に退局、フリーに転身
  • プロダクション「株式会社生島企画室」を設立し最高経営責任者(CEO)を務める
  • 東北福祉大学客員教授、

生島兄弟の中でも、ダントツの知名度なのではないでしょうか。

TBSで局アナとして13年に渡って活躍した後、1989年3月38歳で退局し、フリーに転身、プロダクション「株式会社生島企画室」を設立します。

仕事はかなり順調だったのですが巨額の借金返済にさいなまれます。

TBSを退局した後、フジテレビの帯番組のMCを担当するなどして仕事が順調で、「どんどんチャンスが増えてきて、こんなに忙しくてどうしよう」と絶好調の日々だったです。

年収は、局アナ時代に約1200万円でしたが、フリー転身1年後に10倍、2年後に20倍、3年後に30倍の約3億6000万円とうなぎのぼりでした。

すごいですね。まだバブルだったのもあったのでしょう。

そこで世田谷の高級住宅街に自宅を4億円で購入し、加えて、恵比寿に事務所を2億円で購入、さらにどんどん景気が良くなると言われていた時代なのでワンルームマンションを複数購入します。

かなりの金額の購入となりますよね。

しかし、バブルが崩壊したことが原因か、最大7億円の借金を背負うことになってしまいます。

7億円の借金とは想像もできなく恐ろしいですね。

 

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そんな窮地の生島ヒロシさんにとって救世主となったのがタレントの優木まおみさんでした。アナウンサー志望で東京学芸大の学生だった優木さんをオーディションで生島ヒロシさんは発掘します。

優木さんを知性派であるけれどグラビアもこなすマルチタレントに育て上げて、その活躍もあり、生島ヒロシさんは最大7億円の借金を完済できたのでした。

優木まおみさんには、生島ヒロシさんも隆さんも足を向けて寝れませんね。

そこまで育て上げた生島さんもすごかったのでしょう。

生島ヒロシさんいわく、

「完済しました。一生懸命やっていれば、良いことがあるだろうということで。あと、やっぱり弟がそばにいてくれたことがすごく助かりましたね。途中、ちょっと変なマネジャーが何人か来てしまって、僕の知らないところで、トラブルが起きたり、色んなことがあったけど、それは授業料ですね、仕方ないです」

と語っています。

下の方で登場する次男の生島隆さんのサポートも後ほど紹介します。

生島喜代美、長女で一般人

長女は生島喜代美さんです。ご結婚されていたので旧姓が生島ということです。結婚後に名字が変わった可能性が大いにあります。

一般人のためあまり情報がありません。

 

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しかし、下の方で紹介するスポーツジャーナリストで末っ子の生島淳さんの著書『気仙沼に消えた姉を追って』に生島喜代美さんが登場します。

それは、2011年3月11日、東日本大震災で生島喜代美さんが亡くなられたという内容です。

その当日、生島喜代美さんは夫婦で宮城県気仙沼市に住んでいて、ちょうど母親の四十九日の法要で上京する予定だったのです。

地震発生直後の午後3時頃に、喜代美さんから生島ヒロシさんの妻に「地震があったから、東京へは行けない」と電話があったのです。

その後、喜代美さんからの連絡が途絶えてしまいました。

東日本大震災は、みんなの心に残る悲しい出来事だったと思います。

喜代美さんの上京のタイミングが早ければ助かっていた可能性がありますが、こればかりはなんとも言えません。

生島ヒロシさんは、「死者に対して哀悼を示して、供養していくのが大切なことかなと思っていますね。残された人間が悲しみに打ちひしがれていると妹も義理の弟も辛いと思うので、しっかり皆歩んでいきます」と語っています。

生島隆、次男で株式会社生島企画室の社長


出典:不明

次男の生島隆さんです。

生島ヒロシさんが設立した株式会社生島企画室の社長を務めています。ちなみに生島ヒロシさんは同社のCEOを務めています。

生島隆さんは社長であるもののあまり表舞台に出てくることはなく、生島ヒロシさんを支える存在となっていると考えられます。

それは、借金を背負った生島ヒロシさんを生島隆さんが支えたことで乗り越えたというエピソードを生島ヒロシさんが語っているからです。

仲の良い兄弟であることがうかがえますよね。

生島淳、末っ子でスポーツジャーナリスト

 

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末っ子の生島淳さんです。

  • 1967年8月7日生まれ
  • 宮城県気仙沼市の出身
  • 出身大学は早稲田大学社会科学部社会科学科
  • 博報堂に入社
  • 1999年に独立しスポーツジャーナリストとして現在活躍中

経済や経営の視点でスポーツを語ることを得意としています。その独特な視点はユニークという評価がある反面、しばしば批判されることもあります。

日本人メジャーリーガー黒田博樹さんや青木宣親さんへの取材を担当された際に、選手の内面を深く掘り下げる熱い内容の記事を執筆されています。

プライベートについてはあまり明かさず、結婚されているかもわかりません。取材対象のことを話すことが多いです。


出典:不明

生島ヒロシさんとの関係はあまり聞きませんが、上の写真のように同じポーズで写っているくらいですから仲は良さそうですね。

年齢も16歳ほど離れているので、ヒロシさんからしても可愛いのではないでしょうか。


出典:不明

淳さんと隆さんの関係も、あまり出てこないですが2人で写っている写真がありました。

仲が良いとなんだか、それだけで好感度も上がりますよね。

これからも兄弟仲良く、それぞれご活躍されてほしいです。

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