宇治原史規 父親はパナソニック電工の元副社長の宇治原志郎

有名人

お笑いコンビ「ロザン」で京都大学卒業の宇治原史規(うじはら ふみのり)さんの父親や家族について見ていきます。

家族構成は父親、母親、姉、自分の4人家族です。

特に、父親はパナソニック電工の元副社長だと話題になりました。

それでは詳しく見ていきましょう。

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父親

父親は宇治原志郎(うじはら しろう)さんです。

1946年10月17日、滋賀県彦根市生まれ。

1970年に関西学院大学を卒業し、松下電工に入社(現・パナソニック電工株式会社)。営業部門を担当していました。そして、代表取締役副社長まで昇格しました。

週刊誌『日刊ゲンダイ』(2009年6月29日掲載)で、副社長から役員を退任して非常勤の顧問に降格が報じられたこともありました。

宇治原さんがテレビ番組で「父親は副社長」と発言するたびに、「会社の名前は出すな!」としかってきたそうです。

『2017年度 第11回 ベスト・プラウド・ファーザー賞 in 関西』の「一般」部門に選出されました。ちなみに、「芸能」部門ではコンビFUJIWARAの「フジモン」こと藤本敏史さんが。

受賞の感想として「著名人でもないのに、この様な賞をいただくのに驚き。息子の名前でいただく事を知り、気恥ずかしくも有り、嬉しくも有り」としました。

父親として意識してきた点として、子供へは「人に迷惑を掛けず、他人を思いやれる子に育って欲しいと思っていました」とし、妻へは「家庭の事は、なんせ任せる。本当は任して任さずが、あるべき姿でしょうが・・・」と。

理想とする父親像について「家族が素直に相談出来る相手。価値観の違いを肯定できる度量のある親父」と。

今後は「健康で元気、いつまでも家族の相談相手で在りたい」とコメントしました。

宇治原さんは、大阪出身ですが、父親の仕事の都合で4歳から14歳まで広島で過ごしました。そのため、広島東洋カープのファンでもあります。周囲はほとんどがカープファンで、気づいたら自分もファンになっていたと言います。2016年の25年ぶりの優勝を心の底から喜びました。

宇治原さんが大人になってから、「俺のことを賢いと思ったことあるか?」と父親に聞いてみたら、「京大に入ったときに初めて思った」と返答。それまで通知表を一度も見たことがなかったそうです。

父親は、団塊の世代の勝ち組のサラリーマンだったことから、宇治原さんが芸人になることは絶対に反対だったそうです。芸能界にデビューしたとき、相方の菅広文は、息子・宇治原さんを芸能界に引き入れた張本人として、宇治原家の人に嫌われそうです。しかし、次第にコンビ名『ロザン』が世の中に知れるにつれ、父親の反対する気持ちは和らいでいったとも。

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母親

母親はどちらかというと勉強より躾を優先して宇治原さんを育てたと言われます。

「勉強しろ」とは1回も言わず、その代わり、「話を聞くときは、話している人の目を見て聞きなさい」と言われたのだそうです。宇治原さんは、この言葉のおかげで、先生の目を見て授業を受けて、テストでも点が取れるようになると言います。家庭でのしつけが成績に与える影響は大きいような気がしているとも。

2010年11月放送のテレビ番組『豪快!うちのオカン大賞』に宇治原さんは母親と共演しました。

登場シーンについて視聴者から、「宇治原さんが母親をエスコートする姿が自然で素敵だった」という意見も。さらに母親は、きれいで、上品で、大阪のオカンという印象だったとも。

番組で、「オカンにいわれてショックすぎる一言」として宇治原さんは「あんたにそんな才能はない」と答えていました。「うちの家では芸人になるのは大反対だったんですね…」とも。

家庭教師はつけなかったと言います。母親に感謝しているとも。それは、姉が先に小学校に上がって宿題していて、宇治原さんは遊び相手がいませんでした。そこで、母親がチラシの裏などに簡単な漢字や計算などの問題を作って「お姉ちゃんと一緒に遊び」と言ってくれたそうです。そして、宇治原さんはこれで姉と一緒に遊べると思ってその問題を解きました。やり終わったら母親が採点してくれ「正解だよ。賢いね」といつも褒めてくれたとも。

「オカンのここが理解できません」として、過保護なことを挙げています。心配してくれることはありがたいとした上で、メールや電話をくれるけれど、仕事で返事が遅れ、倒れたのではないかと心配されるのだそうです。そして、相方の菅さんにまで電話がかかってきたそうです。

司会の上沼恵美子さんから「時々電話入れてあげ 用事があるときだけじゃないのよ!親っていうのは (テレビ)出てるから元気やおもといてくれって言うのは あんたそれは思い上がりや」と突っ込まれていました。

さかのぼること、中学時代、学校から帰ると、母親が「今日は何勉強した?」と聞いてくれるのも良かったと振り返っていました。

母親からは命令や否定で言われるのではなく提案で言われていたそうです。例えば、本棚が散らかっているときに「並べなさい」と言わず「順番に並べた方が、次に読むときどこにあるかわかりやすくない?」という具合です。

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宇治原さんには2歳上の姉がいます。

「知識をひけらかすさまは、当時から鼻についた」と言われたことがあるんだそうです。

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ひょこりはん(はとこ)

はとこに、お笑い芸人のひょっこりはんさんがいます。お互いの母親がいとこに当たります。

宇治原さんとひょっこりはんさんは、子供の頃に面識はなく、対面したのは2人とも吉本興業に所属してからでした。

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受験時の両親のサポート

最終学歴が京都大学法学部で高学歴芸人としても知られる宇治原さん。

2020年10月、ウェブサイト『朝日新聞デジタル』のインタビューにて受験時の両親のサポートについて語っていました。

宇治原さんが子供の頃、父親は当たり前のように新聞を読んでいたそうです。子供が勉強しないという親御さんの悩み相談に、「あなたはしていましたか?」と答えるそうです。「親自身が勉強することも大切です。子どもって基本的に親の真似をしますから」と持論を展開。

大学受験のとき父親の教えとして「あまりにも受験に縛られるのは良くない」ことを紹介していました。宇治原さんは、受験に必死になりすぎて入学して在学中にダメになる人をたくさん見てきたそうです。社会に出てから数十年、ベストな状態にいなければいけないため、受験で燃え尽きるのはバカバカしいと思って挑んだほうが良いとも。

父親は「受験だからって、変わったことはするな」という考えだったと言います。「ゲン担ぎで前日に大量のカツを食べる、とか、当日は遅刻しないようにクルマで送る、みたいに特別なことをすると緊張につながるから、絶対にするな」と説明。

母親からは、自分の言った時間に毎日ごはんを出してもらっていたそうです。勉強をずっとしていると甘いものが食べたくなるため、母親は自分の好きなものを家に切らさないように補充してくれていたとも。大人になった今でも、クイズ番組の収録時などにチョコレートなどがあるとよく食べているそうです。

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