佐々木希 ギャル時代が画像で発覚、ギャルコンでグランプリ受賞も

有名人

女優の佐々木希さんは昔にギャル時代がありました。現在の色白美人のイメージとは異なりました。

当時に撮ったとされるプリクラ写真でギャルメイクが確認できます。

中学時代には不登校もあり数々の武勇伝があると言われます。

卒業後に、ギャルのコンテスト「ギャルコン」で初代グランプリを獲得。

芸能デビュー後もしばらくギャル役で映画やドラマで活躍しました。

最近になって、佐々木さんは自身がギャルだったことを認める発言がありました。

それでは詳しく見ていきましょう。

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ギャルメイク姿のプリクラ写真

出典:不明

佐々木希さんのプリクラ写真です。

金髪、茶髪、カラーコンタクトをして、まさにギャルメイクです。さらにくわえタバコをしています。確証はありませんが、撮影時期は中学2年生だったと言われます。

そんな過去があったのかと驚く人もいますが、ネット上では次のように好感を持つ意見があります。

「ギャルっぽい濃いメイクが本当に似合って可愛い」

「ギャルっぽい顔だと思っている」

「丸い顔だからキツイメイクしてもきつ過ぎない可愛い仕上がり」

ギャルメイクをしても垢抜けた顔をしているところも好感が持たれます。実際、佐々木希さんは目や鼻などの顔のパーツがくっきりしています。

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武勇伝の数々

佐々木希、出典:中学の卒業アルバム
右目の下に2cmくらいの傷跡か

佐々木希さんは秋田県秋田市の出身です。

秋田では知らない人がいないくらいにヤンキーで有名でした。

ちなみに、地元の秋田市立飯島中学校に通っていました。

当時に起こった数々の武勇伝があるとされます。具体的には次のとおりです。

  • 6人からなるヤンキーグループを仕切っていた
  • 周囲から「目を合わせたらダメ」といわれていた
  • 「靴は自由」の校則だったが、後輩がローファー以外を履いていたら1人残らず校舎裏に呼び出し袋叩きにしていた
  • タイマンでは負け知らず
  • 気に入らない男性の先生をボコボコにした

地元では「髪切りデスマッチ」というものが流行っていました。それは、殴る蹴る掴み合いなどのケンカをするタイマン勝負で、負けた相手は見せしめにみんなの前で髪を切られる制裁を受けるというもの。あるお祭りの夜に佐々木さんは髪切りデスマッチで連戦連勝したというエピソードがあります。今でも秋田の元ヤンたちの間で、「秋田一武道会」と称され語り草になっているんだとか。

そして、佐々木さんの右目の下に2cmほどのシワが確認できます。これは元ヤン時代に負った傷跡ではないかと憶測を呼んでいます。

佐々木さんは中学2年生頃からグレ始め、不登校でした。たまに登校しても授業中は寝て過ごしていたとも。授業中に男性の先生に注意され、居眠りしている佐々木さんは驚いて椅子から転倒してしまったことに激怒。そしてその先生の股間を蹴り上げ、さらに歯を折ったと言われます。

不登校で卒業式にも参加しなかったようで、このため中学校の卒業アルバムに中学1年生の頃に撮られた写真が掲載されました。

最終学歴は中卒と言われます。

一部から、秋田県立金足農業高等学校へ進学するもすぐに中退した、と言われることがあります。しかし、これは誤った情報と考えられます。

それは、2018年夏の甲子園で準優勝した同高校を、佐々木さんが2018年8月21日に自身のインスタグラムを更新し祝福するコメントを綴ったことに起因します。この投稿を見た人が、出身高校だから喜んでいる、と勘違いしたのでした。

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ショップ店員を務め更生か

出典:「あきたTOWN WALK マガジン」の『あっぷる』(2005年9月号)

佐々木希さんは、中学卒業後に秋田駅前のファッションビル『秋田フォーラス』(現:『秋田オーパ』)に出店していた『流行屋(Hayariya)』の店員として働き始めました。

家庭の経済的な事情で高校に進学せず、このアルバイト先では真面目に働いていたとされます。

近くでライブのあった元歌手の安室奈美恵さんがそこへ来店したといいます。佐々木さんは緊張から声もかけられず、安室さんの服装すら覚えていないとも。その後、あこがれてこっそり厚底靴を買ったのだそうです。

同じ頃、佐々木さんは「あきたTOWN WALK マガジン」の『あっぷる』(2005年9月号)の表紙に載りました。当時は小麦色の肌だったんですね。

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「ギャルコンJAPAN」初代グランプリ受賞

出典:『週刊ヤングジャンプ』

2005年、ショップ店員として働いていた佐々木さんは、『週刊ヤングジャンプ』のスタッフから偶然目をかけられ、店長を介して声がかかり、写真撮影されました。

そして2006年3月9日発売の同誌の企画する全国縦断素人美少女発見グラビア「ギャルコンJAPAN」で、初代グランプリを受賞しました。

これをきっかけに佐々木さんはギャルとして全国的に有名になりました。

その後、女性ファッション雑誌『PINKY』の『第2回プリンセスPINKYオーディション』で、応募4,290人の中からグランプリを受賞。

この受賞により芸能事務所10数社から声がかかりました。『週刊ヤングジャンプ』愛読者だった当時のマネージャーの熱意を受けて芸能事務所『トップコート』に所属しました。これを機に佐々木さんはショップ店員を退職して上京しました。

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デビュー後もギャルで売出し

出典:『デコトラ爆新星2 〜砂漠の嵐作戦〜』

佐々木希さんは、デビュー後もギャル路線で売り出されました。

2008年11月公開の映画『ハンサム★スーツ』で女優デビュー。モデルで今時の女子を演じました。

その女優デビューを記念して、『週刊ジャンプ』が「佐々木希劇場」と題してネット限定動画を6話配信しました。その内の1本『デコトラ爆新星2 〜砂漠の嵐作戦〜』の映像が衝撃的です。

デコトラ(「デコレーショントラック」の略)の運転席でポーズを決めたり、フロントバンパーに乗ってヤンキー座りをしたりしています。

様になっていてかっこいいですね。

しかしこれは、ヤンキー時代のものではなく、あくまでも役柄として演じていました。

それから、2010年1月から2011年12月までテレビ番組『ぐるぐるナインティナイン』の企画「グルメチキンレース・ゴチになります!」にレギュラー出演したことで、佐々木さんのファン層が広がったと言われます。

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世間の反応

現在、清楚なイメージのある佐々木希さん。ギャルだったことについて世間の反応を見てみましょう。

「ヤンキー時代の画像を見て、よくここから今にたどり着いたな、、となっている」

「当時の読者としては、ギャル時代が黒歴史じゃなかったのが嬉しい」

「綺麗でモデル界隈を勝ち昇ってきたつよい女」

「旦那の浮気程度でいつまでもめそめそしないだろう」

「世間に同情されてる今がイメージアップの好機」

「性根にヤンキーを感じる」

「綺麗な女は逞(たくま)しい」

「佐々木希ヤンキーちゃうやろ」

「そもそも根性座ってないと芸能界で生きてくの難しいから問題ないやろ」

「佐々木希のギャル期の攻めてる時が大好き」

「佐々木希のギャル時代最高じゃないっすか」

「ギャルといっても渋谷にいる変なギャルではなく、可愛すぎるギャル」

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ヤンキーになった理由

佐々木希さんがヤンキーになった原因があるとされます。

それは、中学生のときに、小学生の頃から所属クラブで習っていた新体操を持病の喘息でドクターストップされたことが言われます。

佐々木さんの新体操の実力は、大会で成績を残していたこと、さらにそれを理由に高校進学が決まっていたとも。

長年努力していた新体操が持病でできなくなったことは、きっと悔しく悲しかったことでしょう。その反動でヤンキーになってしまったとされます。

さらに、付き合い始めた人と、悪い道に外れて行ってしまったとも。

そんなときに、配送業をしていた父親が交通事故に遭い障害を負って、入院していたのですが自殺してしまいました。そして家庭が経済的に厳しくもなったとも。

そういった家庭環境が原因で佐々木さんがヤンキーになったと一部から言われますが、父親が亡くなる前からヤンキーだったとも。

佐々木さんの家族は、父、母、兄2人、本人の5人家族でした。父親が亡くなったことで母子家庭となり、母親はシングルマザーとして佐々木希さんを含めた3人の子供を育てました。

ちなみに、佐々木さんが芸能界にデビューしたばかりの頃、イベントに出るたびに、母親は秋田から応援に駆けつけてくれました。このことから佐々木さんは母親と仲が良いことがわかります。

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ゆきぽよがギャルの人間性を説明

「ゆきぽよ」ことモデルの木村有希さんが佐々木希さんがギャルだったことについて語ったことがあります。

2020年6月18日に放送されたテレビ番組『サンデー・ジャポン』に出演した木村さんは、「佐々木希さんって元ギャルじゃないですか。元ギャルで凄い可愛いギャルだったんですよ」と話しました。

その上で、「ギャルってマインドは一生変わんないの」と木村さん自身が思うギャルの人間性について説明しました。

佐々木希さんの夫でアンジャッシュの渡部建さんが複数女性との不貞が報じらたことに触れ、「ギャルってそんな簡単に人を嫌いになれないの。そんなに簡単に人を突き放せないから。1回は許して、もう1回チャンスをあげるんじゃないかなと思います」と、元ギャルの佐々木さんは渡部さんと離婚せず更生のチャンスを与えると分析しました。

これに対し共演者の爆笑問題の太田光さんも「確かに肝は据わっている感じはするよね」と同調していました。

一方で視聴者からは、「ギャル、ヤンキーはいいヤツ多いとか言うのもう辞めませんか」「いやいや、木下優樹菜が離婚してるじゃん」「ギャルで括るというより、それはその人個人の思いなんじゃないの」などの反対の意見が見られました。

またエンタメに詳しいライターも、「ギャルのカリスマ的存在の益若つばさや、佐々木と仲が良い元ギャルの木下優樹菜も離婚しています」と反例をあげた上で「結局はその人次第というところでしょう」と締めくくりました。

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ギャルだったことを自覚

佐々木希さんは自身をギャルだったと自覚しています(テレビ番組『所JAPAN』2021年4月26日出演より)。

番組では人気芸能人たちの気になるビフォー写真が調査されました。タレントの若槻千夏さんは、自身の14年前のギャル時代の写真が紹介され、「当時はギャル文化だったんです。芸能人の人も(髪を)染めてたり、まつ毛エクステしたり」と語ると、佐々木希さんも「みんなそうでしたよね、私も髪の毛染めて」と思い返していました。

続けて若槻さんが「希ちゃんもちょっとギャルだったよね?」と問いかけると、佐々木さんは「はい、ギャルでした」と何食わぬ顔でギャルだったことを認めたのでした。

そしてギャルを卒業した理由については、若月さんが「年齢重ねるとちょっと恥ずかしくなってくる。(卒業した歳は)30ぐらいかな。カラコンとかモテたいとかね」と話すと、佐々木さんも「そうそう。確かに清楚系の方が男性ウケ良かったかもしれないですね」と同調していました。

このことから、佐々木希さんはギャル時代を自覚し、それは当時の文化だったという考えを示しました。

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